2008年8月29日 (金)

Jポップ批評。

1日オフのはずが、「side b」の入稿でバタバタしている間、いろんな問い合わせなどにちゃんと対応できずにたいので、大至急「side bの媒体資料」製作からスタート!

過去の資料や、以前のアシスタントがまとめてくれたデータを改めて見直して修正したり、こういう作業は時間に余裕がある時にしかできないので、なんか楽しい♪

発注してた大量の文具がフォーレストから届く。新しいステーショナリーを見てると、やる気がまた出てくるから不思議です。「side b」を入荷したばかりで疲れてることも忘れてしまいます。

夕方からヘアサロン。リフレッシュして夜は張り切ってお出かけ。

つかの間の息抜きの翌日は、色校が上がってきました!

その前に、宝島社に次号「Jポップ批評」の原稿依頼を受けてMTG。やっぱり80年代ブームなんだよねぇ。80年代後半~90年代初頭、kiyoriは宝島で毎月かなりの量で原稿書いてました。

ソニーマガジンズの音楽誌「GB」ではバクチク、レピッシュ、ジュンスカ、リンドバーグのインタビューを毎月。SFCの「オンステージ」ではTHE BOOM、筋肉少女帯、ジュンスカ、ユニコーン、X-japan、レピッシュなどのライブレビューを毎月、音楽専科社の「アリーナ37c」ではプリンセスプリンセス、THE BOOMやホコ天系バンドの取材を、「SHOXX」というビジュアルバンド系雑誌ではX-japanやかまいたちの取材を、宝島社の「バンドやろうぜ」と「宝島」では、ブルーハーツ、リンドバーグ、BAKU、バイセクシャルなどのインタビューを・・・これら全部を毎月やってました。1日2本インタビューとかは普通でしたし。雑誌ごとに、1つのバンドのメインライターとか決まってくるので、ジュンスカ、バクチク、レピッシュ、リンドバーグ、X-japanはほぼ毎月会っていましたね。

あの頃、かなり仕事を深くやってたことが、今こうして再び仕事につながってるんですね。でもね、90年代のはじめの頃、宝島社で「1960年」とか「1970年」とかのカルチャー本を作るお手伝いもしたけど、「60年代や70年代は日本のサブカルは凄かった!伝説がたくさんあった!なのに80年代は何もなかった」みたいな会話が、雑誌の編集者の間でもよく交わされてました。渦中にいた者たちは、60年代や70年代に憧れ、そのときの今(80年代後半~90年代初頭)は実につまらないものだ、なんて嘆いていたのです!

ところが、最近、たま~に、その頃のバンドの話や、バンドブームやレコード会社の話をすると、今バンドやってるミュージシャンが、「羨ましい!」って言うんです。伝説の現場を目撃してるんですね~みたいにキラキラとしたリスペクトの眼差しで!(笑) そ、、そうなんだぁ。いつの間にか、あの頃の生活や仕事のエピソードが武勇伝みたいになってるみたいで、まあそんなワケで今回執筆することになりました。

MTGで久々に昔話をしたことも楽しかったです。

夜はデザイナーとそのアシスタントの茨城ガールと「side b」の打上げ&重要ブレスト!今晩また、新しいプロジェクトが発足したのです。これは、作品を必ず発表出来る日が来ると思います。また報告しますね。

「音楽」、「文章を発表すること」、「サブカル」---これらの仕事がいつもkiyoriをワクワクさせるんだな、って自覚する。

また20年も経てば、2000年代は凄かった!とかって思うのかもね。いつでもシーンの先頭で何かを発信しようとしているクリエイター(ミュージシャン、デザイナー、小説家、漫画家な)は、その時点の自分になかなか満足できずにもがいたりしてると思うんだけど、でも、その時を必死に生きて自分のベストを尽くしていたら、何年か経って振り返った時に、過去の悩みもジタバタしてた自分も、全ていとおしく輝いて見えますから!

充実した日々。幸せだな、って思う。

2008年8月29日 音楽 |

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コメント

バンドブームの頃というと私は中学のときで(ちなみに私はミッチーと同い年です)同じクラスの女の子でユニコーンがむちゃくちゃ好きな子がいたし、ブルーハーツが好きな男子とかいました。私はというと特別興味がなかったのですが、名前や曲はある程度知っていたのでなんとか乗り遅れなかったと思っています。
>また20年経てば2000年代は凄かったね!とかって思うのかもね
そうかもしれませんねえ。でも80年代のころと比べるとなんとなくさめたように感じるのは自分だけでしょうか。
Jポップ批評出来上がったら読んでみたいなと思っています。

投稿: ロボコン | 2008/08/30 20:38:51

80年代は不毛の時代!?

わたしめも、或るジャッポプの騎士にそんな言葉で事始めしたことがあった。キャツは、私の言葉のあるところを卑下したに違いない。
でも、まあ、あんな歌書いたんだから、まだ自分自身の愚かさに自覚のある世代だ。しばらくすれば解かってくれる。

だけどね~っ、きよりさんっ、或る人が、レベッカの「フレンズ」があのときからジャポップの方向性を決めたんだ。な~んて言っちゃうと、それがバイブルになっちゃうんだよな。
たしかに、あの一曲が示したものは当時のヤング・ゼネレーションには圧倒的な共感だったはず。
だから NOKKO は生き残れたんだっていっても過言ではない。

どこかしらで共鳴しているんだ、グローヴァルな響きというものは、。
でも、誰かしらが言わないとそうならない。
だってねえ、いっときエロ本になちゃった「SPA!」なんて、俺が私言で文句いったらコンセプトを全盛時代に戻したんだぜ。編集長が関わった「宝島」だって、当時、もの凄く社会派だったじゃない。

フジ・サンケイグループなんて皆んなどこへ逃げ隠れしてんの?
在宅だなんていえば格好いいけどねぇ。
きよりさん、あなたたちが捨てたものはチョー大きいんだぜ。

こんなに資本家に余裕のなくなった時代。
バクチを当てた糸井重里みたいに、
「資本の手先っていうんでは追っつかなくなってるんです」。
あんな言い訳じみたロゴなんて許せないね。
(バクチを当てた?~彼は自分で言っていた。すべて運だって。)

当時の~~~羨ましい? ぜ~んぜん。
俺も音楽家の端くれ。なにも得たものはない。

ロックは反逆のノロシ、、、そんなの大ウソ。

ある人が高らかに善意を宣言し、それが時代意識に負けてしまったらそれほど虚しいことはない。

でも、レベッカの「フレンズ」は生きている。
大黒摩季の「あなただけ見つめてる」はけっして死にはしない。

君と僕は男と女? それとも掛け値ないメンタルな友?
答えは出ない、永遠に、、、

へんしゅうちょ~っ、最後にひとこと、

「若き日を、青き日を、けっして忘れなさんな! そして、怖がるな!」

投稿: | 2008/09/01 1:55:00

>ロボコンさん

はい。発売したら是非読んでくださいね♪

>mitssetさん

今度から、ブログへのコメント欄で、ご自身の展開を長文でされる場合、mitssrtさんのブログへリンクを貼るか、トラックバックでお願いします。

投稿: | 2008/09/01 17:14:40

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