2008年12月23日 (火)

映画「悲夢」試写

今年はオダギリジョーをあまり見なかったなぁ。最近またCMで目にするけど・・・ってことは、やっぱりTVに出ているかどうか、が、一般人にとってのバロメーターの大きなところなんだなぁ・・・と。

ある一人の俳優やミュージシャンを追いかけて、その人のHPのスケジュールやブログを見ると、なんだかんだ1年を通して忙しい様子がわかる。でもやっぱり、それはファンが、好きなアーティストの情報を追いかけて始めて知ることができる、というやつ。

ライブハウスに毎月数本出ていて、レコーディングもしてCDも出しました、ラジオも出てます、結構忙しいんですよ、という感じの活動をしているアーティストはたっくさんいる。ホントたくさんいると思うけど、一般の目には届かない。届かないと、あれ?あの人今何なってるんだっけ?という感じ。

ミニシアター系の良質の作品や舞台に何本も出演してても一般の目には止まらないけど、TVドラマやCMにほいっと出れば、いきなり有名になれる。TVは誰でもチャンネルをひねればタダで見れる。映画や舞台は、お金を払って、映画館や劇場に足を運ばなきゃ見れない。見る側が、能動的に動かないと得られない。だから、俳優の中には、舞台や映画に足を運ばせてこそ!という人もいる。理想はきっと、両方バランス良くやっていくことなんだと思うけど、人気を商売にするってホント難しいですね。

いい役者さんで人間的にも素晴らしい人が人気者になるより、人気コミック原作の役を演じたり、人気シリーズ主役に選ばれた瞬間に人気者になることが約束されてたり。きっと、それぞれのいろんなスタンスで、いろんな役者たちが、理想を求めて試行錯誤したり、悩んだりしているんだろうなぁ。

だから、「顔を出す職業」・・・役者、ミュージシャン、アナウンサー、アーティスト・・・とにかく顔を出すことが仕事の人全てを尊敬しています。顔を出して仕事することはメリットもあるけどデメリットも大きいから。久々にトーク番組で見た女優に「うわぁ!老けた~!」なんて、見る側は簡単に言ってしまうからね。特にハイビジョンの大画面になってしまうと、大変なんだろうなぁ。

そんなコトをアレコレ考えながら、オダギリジョー主演の「悲夢」を観たのは、いつだったかなぁ。10月の終わりですね。韓国映画です。

キム・ギドク監督。「映画界の異端児」、「世界三大映画祭制覇に最も近い監督」と呼ばれているそうですが、すいません、kiyoriは今まで彼の作品を1本も観ていませんでした。side bで映画レビューを書いてる主婦でライターのAさんが、キム・ギドク監督大好き!と言ってました。むむむ・・・。これはっ!好き嫌いが分かれるんじゃないかな。全体的にかなり暗いです。映像自体が暗い。これも彼の特徴なんでしょうか。

別れた恋人がいまだに忘れられない男(オダギリジョー)と、別れた恋人が憎くてたまらない女(イ・ナヨン)が、夢の中でつながっていく・・・。

オダギリジョーが韓国語で演技するのかな、と思って見ていると、彼は普通に日本語。そして周りの役者は韓国語。でも、相手の言葉がわからない風の様子は全くなく、お互いの言葉で普通に通じてる感じで展開している。まずこの点に違和感を感じるかどうか?それが最初の「悲夢」のハードルかな。ハードルは、、、kiyoriには高かったデス。

愛によって人生を変え、愛によって全てを失う男女。監督は夢と現実の境界は?と問いながら、男女の愛をテーマに描いているんですねぇ。渡されたコピーの資料を読んで、監督の言葉にはっとさせられました。

愛するということは、他人の記憶ではなく、自分の記憶と闘うことだ」という一文。

確かにそうだ。自分の記憶で、「愛」を理解し、経験するしかできないよなぁ。

そうか、だから映画に描かれる悲しく辛い表現は、監督自らが愛することを苦しく感じているからなんだ。「愛は美しいものではありません。苦痛を経験することが愛なのです。(略)愛の苦しみをいまだに忘れられないような人には、この《夢の旅》を通じて、昔の恋人に会うという神秘的で幸福な体験が訪れるはずです」・・・なるほど、なるほど。監督の考え方というか方向はザックリだけどわかりました。

が、私はこの考え方には同意は出来ないな。(えぇっ!いいの?そんなこと言っちゃって!) 苦痛を経験することが愛、とも思わないし、世の中愛が全て、とも思わないから。過去に捕らわれて、なかなか前に進めない人がいることはわかる。前に進みたくて、キム・ギドク監督は映画を作っているのかもしれない。過去の経験の上に今の自分が成り立っていることも事実。でも、苦痛じゃなく、最高にハッピーな甘い記憶でもいいんじゃないかなぁ。軽くても、人生を変えるほどの愛じゃなくても、それは愛ではないとは言えないんじゃないかなぁ。それも自分の記憶だとしたら。

なんだろう。監督に言いたいのは、苦痛を経験することが愛、というのも確かに愛の一面ではあるけど、そこだけに捕らわれず、つまり過去に捕らわれ過ぎずに、生きていけたら楽になれるんでしょうね・・・。まあでも、それが出来る人じゃないから、こういう作品を生み出すパワーになってるんだろうな。

2008年12月23日 映画 |

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